ナイーヴなアンテナがとらえる世界は、すべてを物語ると同時にすべてを捨て去り、観る者に、現実と虚、此世と彼世のかぼそく跡のない境界線上を歩く生のありようを、まざまざとつきつけました。8x10の大判カラーネガフィルムにとどめられ自身によって印画紙に焼き付けられる、独自の美意識に塗り込められた高橋恭司の世界が、人々の印象に強く焼き付けられたのは、90年代半ばのことです。
その作品群は、数多くの優秀なアートディレクターたちの心をも惹きつけましたが、高橋の神経はマスコミの寵児となることに耐えられず、表現者としてどう生きるかを強く自問するあまり、彼が選んだのは、禁欲的な写真への求道者としての嶮しい道でした。
この間の十数年の沈黙をやぶって、97年『Life Goes On』に続く高橋恭司の作品集が、発表されたのは2008年のことです。
そして、2009年、写真を通してのさまざまなトライアルによって、写真家の語るべき写真論を追求する高橋は、この写真集『地来矢』をその一環として、Mレーベルより刊行しました。この写真集は、高橋が、自分と共通する作品を紡ぐ繊細な糸の持ち主である写真家、鵜飼悠と出会うことによって、実現したものです。
すべての作品は、写真集のなかで、被写体たちが重力の中に存在していたときの縦横左右を完全にうしない、また、おなじライカカメラで撮影された写真はそれがどちらの写真家によるものなのか、いっさい表示されることなく混然と配置されています。
2人によって共有された磁場からたちのぼる空気は、90年代の彼の作品をわれわれを永遠の迷路に誘い込んだときと同様の、謎めいた風の源となり、観る者の心を揺さぶります。